犬が死んだ朝
雨が降れば緑が濃く香る昨年の6月に、私の大切な愛犬が旅立ってしまった。ペット霊園で一周忌の合同法要が終わり、ほかの飼い主たちが席を立って帰ってしまっても、なんだかその場から離れがたく、私はパイプ椅子に座って正面の観音様の像をながめている。
観音様は金ぴかで、とても頼れるお姿をしている。仏像なんてことさら興味深く見たことはなかったけれど、ここの観音は慈悲深い、とても良いお顔をしていて、思いがけない奇跡を起こしてくれるのだ。
それにしても一年なんて本当にあっという間だった。朝の散歩の時間に飛び起きて、「あっ、もう行かなくていいんだ」とドキドキしながら、可愛い姿を思い出して泣くことも少なくなった。誰かが「亡くなった悲しみは時が癒してくれる」と言っていたがその通りだった。
それでも亡くなった直後は本当に苦しい毎日だった。親が亡くなった時だってこんなに悲しくなかった。泣きすぎて顔が腫れあがり、仕事中も突然トイレに駆けこんで泣いたりしていたから、会社で変な噂が広まってしまった。
そこで、「たかが犬ごときで」と言う人と、「すごくよくわかる」と言う人の、二つに分かれた。「たかが」の人とはこの一年で、徐々に疎遠になっていき、「よくわかる」と共感してくれた人とは親密になっていった。私の人間関係がきちんと整理されたのには驚いた。
我が子同然の愛しい愛犬との別れを経験して、一緒に暮らして
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