虹の橋を渡る日まで
「あの世って、本当にあるのかねぇ」
通りすがりにそう話しかけられて、少し驚いた。
話しかけてきたチホさんは、私がこの施設に来る前からいる、ベテランの入所者だ。
いつもこの時間は、今のように窓際に座って静かに外を眺めるのが日課で、たまたまそこに通りがかった私が話しかけられた。
「ねえ、あると思う?」
そう問いかけられて、死んでみないとわかりませんよ、と言いかけて、あわてて呑み込み
「えっと、どうしたんですか?」と辛うじて返すことができた。
「いえね、やっぱり行き先がわからないというのが、どうにも不安でねぇ」
また窓の外に目をやって、そう答えた。
「いやいやチホさんてば、それはまだ先の話だと思いますよ?」
「まだ先だなんて……」
チホさんは苦笑を浮かべてさらに
「天国やら地獄とか、子供の頃から坊主の話は聞かされたけどね、その坊主だって、自分の目で見てきたワケじゃないからね、どうなのかしらね」
遠い目をしているチホさんに思わず聞いた
「チホさんは、あの世を信じてないのですか?」
チホさんはまたこちらに向いて
「ん~ん、信じたいとは思うの。だって、会いたい人もいるしね」
続けておどけたように
「会いたくない人もいるけど」
「チホさんが、会いたい人って?」
「両親ね。それとおじいちゃんかな」
「どちらも会えたら、怒られそうな気がするけど」
そして心なしか懐かしむような眼
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